1-01-0 刑法判例1-不作為による殺人

1 不作為による殺人

(1) 事案(最決H17.7.4)

Xは、手の平で患者の患部をたたいてエネルギーを患者に通すことにより自己治癒力を高めるという「シャクティパット」と称する独自の治療(以下「シャクティ治療」という。)を施す特別の能力を持つなどとして、信奉者を集めていた。 Aは、被告人の信奉者であったが、脳内出血で倒れて兵庫県内の病院に入院し、意識障害のため痰の除去や水分の点滴等を要する状態となった。すぐに生命の危険はないものの、数週間の治療を要し、回復後も後遺症が残ることが見込まれた。 Aの息子Bは、やはりXの信奉者であったが、後遺症を残さずに回復できることを期待して、Aに対するシャクティ治療をXに依頼した。 Xは、脳内出血等の重篤な患者につきシャクティ治療を施したことはなかったが、Bの依頼を受け、滞在中の千葉県内のホテルで同治療を行うこととした。そこで、Aを退院させることはしばらく無理であるとする主治医の警告や、その許可を得てからAをXの下に運ぼうとするBら家族の意図を知りながら、「点滴治療は危険である。今日、明日が山場である。明日中にAを連れてくるように。」(※)などとBらに指示して、なお点滴等の医療措置が必要な状態にあるAを入院中の病院から運び出させ、その生命に具体的な危険を生じさせた。 Xは、前記ホテルまで運び込まれたAに対するシャクティ治療をBらからゆだねられ、Aの容態を見て、そのままでは死亡する危険があることを認識したが、上記(※)部分の指示の誤りが露呈することを避ける必要などから、シャクティ治療をAに施すにとどまった。 そしてXはその後、痰の除去や水分の点滴等、Aの生命維持のために必要な医療措置を受けさせないままAを約1日の間放置し、痰による気道閉塞に基づく窒息によりAを死亡させた。 そこで、Xに殺人罪(不作為)が成立するかが争われた事案。なお、不作為の時点で、XにA殺害の未必的故意は認定されている。





(3) 実践的書き方

1 Xは、ホテルの一室にAを放置し、死亡させていることから、殺人罪(刑法199条)が成立しないか。 2(1)実行行為 ア 殺人罪は(1)によって規定された犯罪であるところ、Xの行為は、Aを放置するという(2)であることから、Xの行為を殺人罪の(3)とみてよいのかが問題となる。 (4)によって規定された犯罪であっても、(5)によって実現することは可能である。しかし、(6)(7)とすると、(8)(9)おそれがある。そこで、①(10)が存在し、②(11)かつ(12)である場合のみ、当該不作為は作為と(13)(14)であるといえ、処罰可能と考える。※一次規範の定立 ウ そこで検討すると、XはBに対して、兵庫県内の病院からAを連れ出して千葉県内のホテルまで「※明日中に連れてくるように」と指示しており、Aの生命に具体的な危険を生じさせたという(15)がある。 ※二次規範は定立せず、いきなり当てはめをする方法(答案を短くできる) また、Aが運び込まれたホテルにおいて、Aの親族Bから、Aに対する手当を全面的にゆだねられており、(16)もある。 したがって、XはAの重篤な状態を認識した時点において、直ちに救急車を手配するなど、Aの生命を維持するために必要な医療措置を受けさせる(17)があったといえる(①)。 エ そして、XがAに対し救命活動を行うことは(18)かつ(19)であったといえるから、②も認められる。 ※本事例では問題になりませんが、事例によっては、問題になることもあり得るでしょう。 オ 以上より、Xの不作為は殺人罪の実行行為にあたる。 (2)因果関係 ア 不作為における因果関係は、(20)がなされていれば、結果が発生しなかったことが、(21)(22)(23)であったといえるかで判断すべきである。 イ 本件では、XがAの重篤な症状を認識して直ちに救急車を呼ぶなどしていれば、Aが約1日後に痰による気道閉塞に基づく窒息死をすることはなかったといえるから、結果が発生しなかったことは、(24)(25)(26)だったといえる。 ※本事例では、ここの事実が少ないのでこの程度しか書けませんが、もっと微妙な事例の場合は、しっかり認定すること。 ウ よって、(27)も認められる。 (3)殺意(故意) 故意とは、(28)(29)(30)をいう。本件では、Xは、Aの容態を見て、そのままでは死亡する危険があることを(31)(32)しているから、不作為の時点でXにA殺害の故意が認められる。 3 以上より、XがAを約1日放置して死亡させた行為につき、殺人罪が成立する。 以上

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