① 俳諧の発句を独立させ、俳句を芸術として自立させた人物は(1)である。
② 正岡子規が創刊に関わり、俳句革新の拠点となった雑誌は(2)である。
③ 「ホトトギス」を継承し、花鳥諷詠を主張した俳人は(3)である。
④ 高浜虚子が俳句創作の理念として掲げた四字熟語は(4)である。
⑤ 新傾向俳句を志し、季語や定型を否定した俳人は(5)である。
⑥ 自由律俳句で知られ、「分け入っても分け入っても青い山」の句を詠んだ俳人は(6)である。
⑦ 自由律俳句の俳人で「咳をしても一人」で知られるのは(7)である。
⑧ 高浜虚子に師事し、山口誓子らとともに4Sと呼ばれた俳人は(8)である。
⑨ 4Sの一人であり、戦後に雑誌「天狼」を創刊した俳人は(9)である。
⑩ 戦時中に弾圧を受けた俳句運動は(10)である。
⑪ 戦後、「第二芸術論」を展開して俳句を批判した批評家は(11)である。
⑫ 和歌が近代化する中で成立した三十一音の定型詩は(12)である。
⑬ 与謝野鉄幹が結成した文学結社は(13)である。
⑭ 新詩社が発行し、浪漫主義的歌風を広めた雑誌は(14)である。
⑮ 与謝野晶子の情熱的・唯美的な歌集は(15)である。
⑯ 正岡子規が結成した短歌の結社は(16)である。
⑰ 正岡子規が写生を説いた歌論書は(17)である。
⑱ 万葉集の写実に帰るという子規の短歌革新の理念は(18)である。
⑲ 「桐の花」を発表し、耽美的傾向を示した歌人は(19)である。
⑳ 「海の声」を著し、酒と旅を歌った歌人は(20)である。
㉑ 「一握の砂」や「悲しき玩具」を著した歌人は(21)である。
㉒ 伊藤左千夫が創刊し、子規の流れをくむ歌人たちが集った雑誌は(22)である。
㉓ 「赤光」や「あらたま」を著したアララギ派の代表的歌人は(23)である。
㉔ アララギ派に対抗し、北原白秋らが結集した雑誌は(24)である。
㉕ 昭和期に展開された新しい短歌の動きは(25)と呼ばれる。
㉖ 高浜虚子の流れから出て、「山廬集」などを著した俳人は(26)である。
㉗ 河東碧梧桐とともに自由律俳句で活動した俳人は(27)である。
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