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平安時代の政治・社会と文化(統合穴埋めテスト)

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平安時代の政治・社会と文化(統合穴埋めテスト)

1 平安時代の政治と社会

要点のまとめ

桓武天皇の政治 桓武天皇は都を(1)に移し、国司に対する監督を強めるなど律令政治の再建を図った。また、東北地方の支配を進めるため、坂上田村麻呂を(2)に任命し、軍を派遣した。

藤原氏の政治 藤原氏は摂政や関白の地位につき、朝廷の政治を動かした。11世紀前半には(3)の時代に最盛期を迎え、全国に多くの荘園を所有して大きな権力をふるった。

地方政治の乱れと武士の成長 地方政治が乱れる中で、都の武官や地方の豪族が戦いの技術を身につけ、(4)がおこった。源氏や平氏などが各地に武士団を形成し、勢力をのばしていった。

地方の反乱 10世紀には(5)や藤原純友の乱が起こり、11世紀には東北地方で前九年合戦や(6)が起こるなど、武士の力がしだいに強まっていった。

院政と武士の争い 白河天皇は上皇となって(7)を開始し、貴族や武士は院に荘園を寄進した。1159年の平治の乱では、(8)が源義朝を破り、その後の平氏の政治へとつながっていく。

平氏の政治 平清盛は武士として初めて(9)となり、一族で朝廷の高官を独占した。また、大輪田泊を修築して(10)を行い、経済的な基盤も強化した。

A 藤原氏の系図



藤原氏は娘を天皇の后とし、外戚として権力を握った。摂政や(11)の地位を通して政治を主導し、天皇との結びつきを強めたことが特徴である。

B 寝殿造



平安時代の貴族の住居は(12)とよばれる様式で、広い寝殿や池を中心とした優雅な造りが特徴であった。

2 平安時代の文化

新しい仏教の広まり 9世紀初め、最澄は比叡山に延暦寺を建てて(13)を広め、空海は高野山に金剛峯寺を建てて(14)を広めた。こうした新しい仏教は、貴族や武士の信仰を集めた。

浄土信仰の流行 末法思想の広まりを背景に、人々の間で(15)が広まり、阿弥陀仏をまつる阿弥陀堂が各地に建立された。

国風文化の発達 遣唐使の派遣が停止されたのち、日本の風土や生活に合った文化が発達した。894年には(16)の建議により遣唐使が廃止され、独自の文化がいっそう発展した。

平安時代の文学 かな文字の登場により文学が発達し、紫式部の『(17)』や、清少納言の『枕草子』などが生まれた。また、紀貫之らによって『(18)』が編さんされた。

絵画では(19)が発達し、建築では平等院鳳凰堂や中尊寺金色堂などが建てられた。

C 平等院鳳凰堂



平等院鳳凰堂は藤原頼通によって建立され、阿弥陀仏をまつる阿弥陀堂建築の代表例である。

D 源氏物語絵巻



『源氏物語』の世界を描いた(20)は、大和絵の代表的な作品であり、平安貴族の生活や文化を今に伝えている。

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