満洲人が建てた中国の王朝は(1)である。
清が周辺諸国との関係で意識した、伝統的な中国中心の国際秩序を(2)という。
周辺諸国が清に貢ぎ物を献上する外交関係を(3)という。
清が日本や東南アジア島嶼部、ヨーロッパ勢力に認めた貿易の担い手は(4)である。
清が朝鮮・琉球・ベトナムなどとの間で正式に認めた外交的関係を(5)という。
18世紀なかば、欧米商人との貿易地を清が限定した都市は(6)である。
欧米商人が清から仕入れた代表的な輸出品の一つで、生産が長江中・下流域で発展したものは(7)である。
清代に人口過密地域から辺境や東南アジアへ移住した中国系の人々をまとめて(8)とよぶ。
清代の急激な開発にともない、災害の発生とともに社会問題となったものは(9)である。
江戸幕府が海外との交流を制限した政策で、布教も禁じられた宗教は(10)である。
江戸時代、中国・オランダとの貿易が行われる港として指定された場所は(11)である。
江戸時代、朝鮮との外交・貿易を担当した藩は(12)である。
銀や銅の生産量が減少した江戸時代に、蝦夷地からの輸出が奨励された品物は(13)である。
江戸時代、日本が輸入に頼っていた品物を国内生産しようとしたものは(14)である。
江戸時代に全国的な流通網の中心となった都市は(15)である。
18世紀後半以降、日本へ接近した欧米列強のうち、北方から接近した国は(16)である。