『目玉ジャクシの原初的サッカー』読解・論理的思考テスト

回答 2

『目玉ジャクシの原初的サッカー』読解・論理的思考テスト

Ⅰ 作品の設定と問題提起

「〈目玉ジャクシの原初的サッカー〉」は、集団での遊びにおいてどのような(1)が行われ、それがどのように(2)されているのかを、CGによるシミュレーションとして構築したものである。

このシミュレーションでは、目玉ジャクシたちは勝手に泳ぎ回りながらも、ボールが視野に入るとそれを追いかける。ボールはおはじきのような形をしており、周囲のものにぶつかるたびに(3)を変えていく。

目玉ジャクシたちは、どのような状況で、どのくらいの速さで、どちらに動けばボールに触れられるのかという(4)を経験として蓄えていく。

しかし、他の目玉ジャクシがいる場面では、ボールを追いかけても他者に奪われたり、自分のところに届かなくなったりする。このように、「一人で追いかけるか」「他者と関わりながら追いかけるか」という対立は、本文では(5)と表現されている。




Ⅱ 二つの学習機構と欲求の対立

目玉ジャクシたちの特徴の一つは、自らの行動基準を自問自答する要素を備えている点である。このように価値基準を問い直す調整機構は(6)と呼ばれる。

一方で、その価値基準のもとで行為を繰り返し、ボールに触れるためのコツを学んでいく学習機構は(7)と呼ばれる。

これら二つを連携させた仕組みは(8)と名づけられている。

目玉ジャクシがボールに触れたいと願う欲求は、発達心理学の用語で(9)と呼ばれる。一方で、仲間と一緒にいたい、つながっていたいという欲求は(10)と呼ばれている。

それぞれの目玉ジャクシは、この二つの欲求のバランス・ポイント、すなわち自分の(11)を、他者との関わりのなかで探り続ける。

自己充実欲求に強く偏った個体は、やがて仲間から離れ、ボールに触れる機会も減少する。その結果、自らの(12)を変更し、集合希求性の要素を強めるなどの調整を行う。また、利他的に振る舞いすぎても不利になるため、さらに(13)を重ねながら、ちょうどよいバランスを模索する。




Ⅲ 価値基準の多様化と社会性

興味深いことに、目玉ジャクシたちの価値基準は均質化せず、むしろ(14)でオリジナルなものになっていく。

それは、これまで誰と関わり、どのような仲間と遊んできたかという(15)や経験の違いによって、「ちょうどよい価値基準」が異なってくるからである。

この結果、コミュニティ全体としては、利己的に振る舞う個体が減少し、仲間の近くで結果的にボールをはね返すような個体が増えるなど、ほんのすこしの(16)が芽生えてくる。

個々の目玉ジャクシは、外に開かれた(17)としての性質をもつ。自分の内部だけでは判断しきれず、コミュニティとの関わりのなかで「一つのシステム」を形成しながら、自分らしさを特定していく。

さらに、コミュニティの中での役割の取得や(18)の獲得という側面も指摘されている。個体は自分の価値基準しか把握していないが、全体から見れば、それぞれが与えられた環境のなかで役割やポジションを果たしているように見える。




Ⅳ 人間への示唆

本文では、自分らしさやアイデンティティは、自分の内部に完結したものとして存在するのではなく、他者や環境との関わりのなかで形成されると論じられている。

わたしたちの身体や〈自己〉は完結した存在ではなく、そこには〈不完結さ〉や〈弱さ〉がある。このような(19)や〈弱さ〉が、周囲との関わりへと人を駆り立てるのである。

そして、その不完結さを周囲との(20)のなかで補っていくことこそが、コミュニケーションの一つの事態であると筆者は述べている。




Ⅴ 論理的読解問題(記述式対策)

筆者は、目玉ジャクシのシミュレーションを通して、「自己充実欲求」と「集合希求性」という二つの欲求のバランスがどのように形成されると述べているか。本文の内容に即して、その過程を説明するキーワードは(21)である。

また、価値基準が均質化せず多様化すると述べられている理由は、個体がそれぞれ異なる(22)をもっているからである。

さらに、本文全体を通して示されている筆者の中心的主張は、「自己とは他者や環境との(23)のなかで形成される存在である」という点にある。

※回答内容が保存され、問題作成者が閲覧できます