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ゆらぐ幕藩体制(穴埋め問題)

ゆらぐ幕藩体制(19世紀前半の対外問題と改革)

18世紀から19世紀初めにかけて、欧米の船が通商や薪水の補給を求めて日本近海に姿を現すようになり、まず(1)に来航した。

1792年、(2)が根室に来航し、江戸幕府に通商の開始を求めた。

ロシアが日本に通商を求めた理由の一つは、1年中利用できる(3)を求めたからである。

1808年、イギリスの軍艦が長崎に侵入した(4)が起こった。

1825年、幕府は外国船を武力で追い払う(5)を制定した。

1840年に中国で起こった(6)の結果を受け、幕府は異国船打払令を撤回し、1842年に(7)を出した。

幕府は財政や社会の立て直しを目指して、老中(8)を中心に(9)を行った。

天保の改革が行われた背景には、(10)などによる社会不安があった。

経済改革や軍備増強に成功した長州藩や薩摩藩などは、幕末に主導的立場となり、(11)と呼ばれた。

江戸時代、幕府は儒学の中でも(12)を正学とし、それを学ぶための学校として(13)を整備した。

各地の藩が武士の教育のために設立した学校を(14)といい、庶民の教育機関は(15)である。

蘭学者として有名な人物に(16)がいる。

水戸藩では尊王思想と攘夷思想が結びついた(17)が唱えられた。

※回答内容が保存され、問題作成者が閲覧できます

出題内容

  • 問1: 18世紀から19世紀初めにかけて、欧米の船が通商や薪水の補給を求めて日本近海に姿を現すようになり、まず____に来航した。
  • 問2: 1792年、____が根室に来航し、江戸幕府に通商の開始を求めた。
  • 問3: ロシアが日本に通商を求めた理由の一つは、1年中利用できる____を求めたからである。
  • 問4: 1808年、イギリスの軍艦が長崎に侵入した____が起こった。
  • 問5: 1825年、幕府は外国船を武力で追い払う____を制定した。

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