第一次世界大戦後の国際秩序と新国家の成立
第一次世界大戦後、講和の枠組みのなかで新たな国際機構が設けられ、ヨーロッパでは複数の帝国が解体された。東部・南東部ヨーロッパでは新国家が誕生したが、その成立過程には列強の思惑も交錯していた。これらの動きを踏まえて答えよ。
大戦後に設立され、加盟国のいずれかが攻撃を受けた場合に共同で対処する原則を制度化した国際機構は(1)である。
ある加盟国への攻撃をすべての加盟国への攻撃とみなし、共同で防衛するという考え方を何というか。(2)
多民族帝国の解体に関する記述として正しいものはどれか。(3)
【ケース】旧帝国の領域で新国家の承認が進められたが、その背景には特定の勢力や国家の影響拡大を防ぐ意図があった。こうした意図の一つとして挙げられている勢力はどれか。(4)
旧ロシア領から独立したフィンランド・リトアニア・エストニア・ラトヴィア・ポーランドなどが位置する地域は(5)と総称される。
次の各文について◯か✗か答えなさい。
新たに独立した諸国の多くは単一民族国家であり、民族問題をほとんど抱えていなかった。(6)
アジアとアフリカの植民地には、戦勝国への配慮から民族自決の原則が適用されなかった。(7)
バルカン半島でも新たな国家が成立した。(8)
パリ講和会議とヴェルサイユ条約の性格
大戦後の講和は、従来の王侯・外交官中心の会議とは異なる様相を帯びた。イギリスの政治家の評価や、各国指導者の主張の対立を踏まえ、講和の性格と条約内容について考察せよ。
イギリスの政治家チャーチルは、第一次世界大戦はもはや各政府間の戦争ではなく、(9)間の戦争に変質したと述べた。
彼の見解によれば、パリ講和会議は勝利した国の国民が敗戦国の国民に対して(10)する場へと変質した。
【ケース】レーニンは無賠償・無併合、ウィルソンは勝者なき平和を掲げたが、実際の条約では異なる方向が採られた。ヴェルサイユ条約で大戦の責任を負うとされたのはどれか。(11)
次の組合せのうち、講和における主張とその内容の対応として正しいものはどれか。(12)
イギリス・フランス(とくにフランス)の強硬な主張の結果、ドイツには多額の(13)が課されることになった。
次の各文について◯か✗か答えなさい。
チャーチルは、18世紀の会議と同様にパリ講和会議も敵対国同士が一致した原則で秩序再建を図ったと評価した。(14)
ヴェルサイユ条約では、第一次世界大戦の責任は特定の国家群に帰せられた。(15)
無賠償・無併合の提案は、イギリス・フランスの指導者によって受け入れられた。(16)
パリ講和会議は、勝利国の国民感情が強く反映されたとされる。(17)