1902年に日本とイギリスの間で結ばれた同盟は(1)である。
日露戦争の講和条約として結ばれたものは(2)である。
ポーツマス条約の締結に反対する民衆が暴徒化した事件は(3)である。
1910年、日本が朝鮮を植民地化した出来事は(4)である。
韓国併合後、朝鮮統治の最高機関として置かれたものは(5)である。
1911年に始まり、1912年に中華民国の成立へつながった革命は(6)である。
孫文が掲げた三民主義に含まれるものは(7)である。
日清戦争後、ロシア・フランス・ドイツが日本に遼東半島の返還を要求した出来事は(8)である。
中国の民衆から支持され、「扶清滅洋」を掲げて活動した団体は(9)である。
義和団事件の結果、中国が列強諸国と結んだ条約は(10)である。
日本の産業革命期に九州に建設された官営の製鉄所は(11)である。
銀行・商社・鉱山など多くの業種を経営した企業集団は(12)である。
日本が1897年に採用し、貨幣価値の安定と貿易の振興を目指した制度は(13)である。
1901年に結成された日本初の社会主義政党は(14)である。
1914年、第一次世界大戦の直接のきっかけとなった事件は(15)である。
第一次世界大戦で、機関銃の発達などにより各国軍が構築した戦闘形態は(16)である。
第一次世界大戦で、国民を戦争遂行のために総動員した体制は(17)である。
1917年のロシア革命によって戦線を離脱した国は(18)である。
1917年11月、レーニン率いるボリシェヴィキが武装蜂起して成立させた革命は(19)である。
ロシア革命後の政権がドイツと単独講和するために結んだ条約は(20)である。
レーニンが戦時共産主義に代えて導入した経済政策は(21)である。
1922年、ロシアなどのソヴィエト共和国が結成した国家は(22)である。
第一次世界大戦後の1919年に開かれた講和会議は(23)である。
ウィルソンが提唱した平和原則は(24)である。
ヴェルサイユ条約で、ドイツに課された措置として正しいものは(25)である。
1920年に設立された国際平和機構は(26)である。
国際連盟の制度上の弱点として、総会で原則とされたものは(27)である。
敗戦国との講和条約を通じて形成された、第一次世界大戦後のヨーロッパ中心の国際秩序は(28)である。
1921〜1922年に開催され、アメリカ主導で東アジア・太平洋地域の国際秩序形成につながった会議は(29)である。
ワシントン海軍軍備制限条約が定めたものは(30)である。