論理国語3学期
回答 11件・問題は279問(うち、語彙文意84問)あります。語彙文意は重複もあるので、実際の問題数はだいぶ少ないです。
・ルビで「〇文字」と振っているものは、助詞を含んだ複数単語がその文字数で入る、と解釈してください。
・大事そうな単語には★をつけました。(語彙文意からの出題では一律して付けていません)
・本文引用における [ ] は、問題作成者による注記・編集であることを示しています。
・超短時間で作成したので誤字ばっかりと思いますが、今学期はそういう感じです
神経美学
本文(①/1 - 16)
“Before (1/英) there was no fog in London”
「(1)以前に、ロンドンに霧はなかった」
これは作家(2)・(3)の言葉です。(1)とは、18、19世紀の英国の風景画家、ジョセフ・マロウド・ウィリアム・(1)のこと。(略)その中でもっとも有名なものは、霧深いロンドンやイギリスの情景を描いた風景画でしょう。(略)
それではなぜ(2)・(3)は、ロンドンに霧はなかったなど言ったのでしょう?これは、実は★(4)の役割について語った言葉なのです。(3)はこう言います。「(4)は★(5)を★(6)しない、(5)が(4)を(6)する」。どういうことかというと、(4)というものは、現実に存在しているものをただ写し取るような行為ではなく、逆に、その作品に出合ったあとに初めて、そのものが実際どのようなものであったかを感じ取れるようになる、ということです。(略)つまり、冒頭の言葉が意味することは、(1)の風景画に描かれた霧を見た事から、当時のロンドンの人たちはようやく7文字(7)に気がつくことができたのだ、ということになります。
哲学者の(8)・(9)も似たようなことを記しています。「ほかのすべての★(10)の形式と同じように、芸術はただ、(11)の、与えられた★(12)の(13)ではない。芸術は(14)、そして(15)に関する(16)的な(17)を得られるひとつの方法なのだ。それは(6)などではなく、(12)自体の(18)である」。(5)の単なる(6)ではなく、それを豊かな(10)として表現することで、(12)をより豊かに(19)させてくれる、それが芸術本来の役割の一つなのです。
解説
・「(1)以前に、ロンドンに霧はなかった」とはどういうことか。
→(1)の風景画に描かれた霧を見た事から、当時のロンドンの人たちはようやく(7)に気がつくことができたのだ、ということ。
・芸術の役割とは何か
→(5)を単に(6)することではなく、(5)を★(20)的に表現することで、人々に(12)をより豊かに(19)させること。
・人物
ジョセフ・マロウド・ウィリアム・(1):英国の画家。光と大気の表現に基づく、煙るような空間構成の風景画を制作。印象派に大きな影響を与えた。
(2)・(3):英国の詩人・劇作家・小説家。世紀末唯美主義文学の代表的作家で、芸術至上主義を唱えた。
(6)・(7):ドイツの哲学科。新カント学派の一派であるマールブルク学派に属し、認識論・認識論史の研究から象徴形式の究明に傾注。
本文(①/17-36)
この点で芸術家は「★(21)」を発見する天才といえます。ではその(24)、つまり現実とは、なんなのでしょう?そこにある、見えているものだと思いますよね。でもそれは間違いなのです。(略)わたしたちの眺めている外世界はリアルではありません。(略)(22)的な(21)ではなく、入力された(23)を脳という臓器が(24)した結果と言えます。
わたしたちの知覚は、(略)感覚受容器と脳の使用に制約されています。(略)(25)という絵具はないし、(26)の音符も存在しないわけです。芸術家は、わたしたちの知覚を見つめることで、感覚と脳の仕様で決められた「(27)の内側」で、芸術表現の試行錯誤をしてきたといえます。(略)画家の作品をのぞくことは、すなわち知覚の仕組みをのぞくことととおなじことといえるでしょう。
芸術と★(28)は、(略)★5文字(29)しようとし、精神のはたらきに関わろうと試みている点では、おなじ目的を共有しているといえます。それゆえ、芸術でおこなわれてきた理論や実践は、(28)実験のヒントとなるものが数多くあるのです。
たとえば、「色は形にどのような影響を与えるのか」という(30)
の絵画的探求は、「色や形態という別々の資格の構成要素がどのように統合され、認識されるのか」という神経生物学や実験心理学の研究とつながります。また、「物の形を構成する一番小さな要素はなにか」という(31)・(32)の芸術的問いは、視覚神経(28)が取り組んだ「資格の情報処理における最小構成要素はなにか」という問題に、とてもよく似ています。
芸術家たちが自身の方法で挑戦した問い、そして到達した答えに、(略)(28)者たちは自らの方法論での挑んできました。芸術での理論や実践は、(28)への(33)に富んでいます。また逆に、知覚・認知や脳の仕組みを学ぶことで、芸術作品について新たな見方をすることもできるでしょう。
解説
・人間の感覚知覚とは何か
→(22)的な(21)ではなく、入力された(23)を脳という臓器が(24)した結果
・芸術と(28)の共通点とは何か
→どちらも(29)という目的を共有している。
本文(②)
例示パート(1-26、37-41)
①あなたはいま、オランジュリー美術館でひとつの名画の前に立っています。(34)ような光と色の洪水が美しい一枚の(35)の絵。作者が有名なクロード・(36)と知り、キュレーターによる解説を読んで、なるほどとますますその色彩に深く感動したとしましょう。 (略)美術館の展示室で感動した『(35)』を、もしも裏通りの小汚い(37)で見かけたとしたら、(略)同じように評価できるでしょうか?(略)いかにも目聞きそうな老紳士が絶賛しているのを聞いたとしたら、(略)それがボロを着た酔っ払いだとしたら?(略)あたなは、あなたが感じた「作品の価値」を、どんな状況でもおなじように感じ取ることができるでしょうか? ②地下鉄構内にもひとりの★(38)がやってきました。(略)若い男は、とりだしたヴァイオリンでクラシックの極を奏で始めました。(略)彼の稼ぎは32ドルと少しというものでした。(略)彼の名前は(39)・(40)。(略)売れっ子のソロヴァイオリニストだったのです。(略)有名なヴァイオリニストが(41)の名器で演奏したにもかかわらずこの結果(略) ③おなじ安物のワインでも、付けられている値札の値段があがるとおもに、味わいもよく感じられることがわかっています(略)逆に高級ワインに安い値段をつけてしまうと、味わいも安物に感じられてしまうので困りものです。1000円のワインと思って飲み切ってから、(42)だったと知らされたら悲惨のあ事です。 |
実はこれは、わたしたちの★(43)的な★(44)が、(略)★(45)という(46)に大きく依存していることをよく示しているといえます。(略)端的に言えばわたしたちには、耳から入る音色を楽しんでいるのではなく、「(39)・(40)が弾いている」という(45)が与える(46)を楽しんでいる、といる部分があるのです。
実際に目の前にしているものとは直接には関係ない(41)でも、それを知ることによって、そのもの自体の評価や判断に影響を与える(略)現象を、社会心理学ではひろく「★(47)」とよんでいます。(47)は(略)わたしたちが何かを評価するときのいろいろな場面で見つけることが出来ます。(略)
この手の価値の変化は、(43)的な(44)、つまり(48)に(49)することがむつかしい価値、そうたとえば(50)や(51)の(44)などで起こりやすいものです。(略)(43)の話となるとその判断が非常にもろく曖昧になるのです。
解説
それぞれの例示は何を示すか
番号 | (44)の対象 | そのときの(45) |
① | 有名画家(36)の絵画『(35)』 | オランジュリー美術館/裏路地の(37) 老紳士/酔っ払い |
② | 有名ヴァイオリニスト(39)・(40)の演奏 | コンサートホール/地下鉄構内 |
③ | 高級ワイン(42)の味わい | 値札の値段 |
本文(③5.1)
ローマで出会ったピカソは彼[イゴール・ストラヴィンスキー]の症状がを描き送りました。(略)身体の前で組まれたストラヴィンスキーの身体に比べてミスマッチなほどに(52)された4文字(53)(略)のためにストラヴィンスキーの肖像画、模写(正確には転写)の教材としてよく使われることになります。
何も予備知識がない状態でこの肖像画を模写すると、多くの人がストラヴィンスキーの両手を、人体として「(54)」ふつうの大きさで書いてしまうのです。(略)目で見たままを書くための訓練なのに、わたしたちが実は物をよく見ていなことに気づかされます。
ところが、この肖像画を上下さかさまにした状態で模写させると、今度はなぜかピカソが描いた通りの比率に近く掛けることが知られています。(略)これは「形や身体はこういう形のものである」という知識を、わたしたちが成長の過程で獲得しているためで後考えられています。(略)手はこの大きさのはずだという★(55)が、(略)わたしたちを「★(56)」にしてしまうのです。
(56)現象は、顔と身体の知覚で(57)にみられますが、ほかのものでもその人にとって非常に見慣れたものなら起こることがわかっています。自分にとってあんまり当たり前のことを他人からくわしい説明を求められて過去の形で(58)ことはありませんか?子供の奇想天外な目の付け所に驚いたことはありませんか?(略)肖像画[の例]に戻れば、模写しているものが「人の身体である」と(59)することで、人体がどのようなものであるかという(55)があるために、目の前にある像を模写しているようで、実は(55)の中にある体にのっとって描いてしまうのです。
みなさんは、子供のころ(略)太陽を何色で塗りましたか?赤色を使った人が多いと思います。(略)英国の子どもたちが描いた太陽を見ると黄色なのです。実際には昼の太陽は(略)白なのですが、「太陽は赤(または黄色)である」という(55)をもっているためと考えられます。
考え方、観念、文化や常識でも、わたしたちは(56)になっているのかもしれません。当たり前のことが、本当に当たり前なのかをしることはむつかしいものです。(略)
解説
・この節で作者は、(55)をどのように評価しているか。
→(55)(考え方、観念、文化、常識)は時に人を(56)にしてしまう(=批判的)
本文(③5.2)
もちろん、知識はいつも悪者というわけではありません。宗教絵画の(60)(略)などなど、★5文字(61)によってしか到達できない芸術の歓びがあります。(略)数理の美、(62)の美など、高度な教育や文化に深く精通することで獲得できる種類の美もあります。
知識を蓄えることで、作者の背景や作者の意図を知り、深い理解につながる。この点で、美術鑑賞において、美術史学者(略)と素人の(略)についての実験を一つ紹介しましょう。
デキる人は「目の付け所が違う」とよくいいますね。(略)
この実験では、人物や建物が描かれている★(63)絵画と、目立った(62)的なものが画中にないいわゆる(64)画の、二種類の絵画タイプを使って5文字(65)をしらべました。(略)(63)絵画の鑑賞では、素人群は顔や建物など目を引く部分を長時間眺めていることが分かりました。
人体や構造物などは、一見して目を引く目立つ刺激です(★日本語(66)な刺激と言います)。ヒトの視覚システムは、このような(66)な刺激へ自動的に注意を振り向けるようにできています。(67)型注意とよばれるものです。(略)一方、ヒトの注意には(68)型もあります。これは(69)的に注意をコントロールし、自分の見たい場所に注意を集中させるものです。(略)
エキスパート群は(略)画面全体に目を配っていることがわかりました。これは(68)型注意を使うことで、自然に注意をひかれてしまう(略)(63)物への処理を(70)して実現していると考えることが出来ます。芸術心理学でフォークトが主張している「★(71)」です。(略)わたしたちがふつうにもっている刺激に対する5文字(72)(つまり、目立つものに注意を向けること)を(70)し、画面構成や(73)などをそれぞれの(74)でとらえているのではないかと、研究者たちはみています。
解説
・この節で作者は、知識をどのように評価しているか。
→(61)は、芸術への★4文字(75)につながる。(=肯定的)
本文(③5.4)
「生まれたときから散々に染めこまれた思想や習慣を洗ひ落とせば落とす程(76)は深くなる。(76)の遂及とは何もかも洗ひ落として生まれる前の裸になる事、その事である」高野野十郎
さきほど太陽の色をとりあげて、文化と教育がもつ影響についてお話ししました。この(77)は画家の創作活動にも当てはまります。
それまでのどの作家よりも巧みに、物体が反射する色彩をキャンバスに表現したのは印象派のクロード・モネです。セザンヌはモネの絵を見てこう言いました。「なんとすごい眼なのだろう」。(略)[モネは]規制の知識にくもらされることなく、眼にうつる事物のありのままに気付くことの出来た。(略)しかしそのモネでも、(略)「盲目で生まれて来たかった。そして、ある日突然見えるようになって、そうして絵を描いてみたかった」と。彼の言葉は、知識に囚われてしまう近くについて最も問題となる点を暗示しています。それは、この(78)が★(79)であるということです。
たとえば下の白黒の絵を見てください。(略)いろいろな解釈ができるかもしれません。しかし、実はこれは白黒コントラストだけの人物の顔なのです。(こういう画像をムーニーフェイスとよびます)。(略)ある瞬間に突然意味のあるイメージとして見える現象をワンショットラーニングといいます。アハ体験ともいいますね。(略)一度それが何であるかを知ってしまうと、それを「知る前の白紙の状態」にもどるのはとてもむつかしいのです。(略)このバイアスは「★(80)」とよばれます。物事に対して確固たる安定した答えを求め、曖昧な状態を嫌い続ける心理的傾向がもとになっていると説明されています。
(81)な知識に基づいた(82)が専門家のそれであるなら、その正反対にあるものは(略)きっと、まだ(83)や(84)の影響の少ない赤ちゃんや小さい子供の持っている(82)かもしれません。(略)言葉を覚え、因習や規範を学習し、いろいろな知識を蓄えて、わたしたちは常識的な大人になっていく。でも、新しいことを覚えると、その前の状態には戻ることができない。わたしたちは常に何かを得、そして代償として何かを失いながら成長していくのかもしれません。
解説
・この節で作者は、知識のどのような性質に言及しているか。
→知識の(78)は(79)である。
・下線部「何か」は、具体的に何を指しているか
→無垢な状態の認知、すなわち(85)(=本節のタイトル)
科学も芸術も「別世界」を見せる
本文(P.110.1~.114.3)
今日では芸術は「★(86)」に、そして科学は「★(87)」に属するというのが半ば常識になっていて、両者は互いに★(88)人間の精神活動の領域と考えられているふしがある。(略)人はこの★(89)にはまり込んでいる。しかし本当に「(86)=★(90)的=証明できない」VS「(87)=★(91)的=証明できる」なのか?(略)(86)と(87)の中間に(92)領域は無く、そして両者を足せばこの世の中になると信じるなんて、あまりに(93)すぎる。
古くから芸術は深く(94)と結びついて、そもそも科学性なくしては大傑作など生まれようがいないということは、例えばダ・ヴィンチなどを考えればすぐにわかるだろう。「最後の晩餐」の構図は、(略)★(95)だ。三次元の奥行きがあって、座標軸的で(96)かつ均質で、すべてが中心点からの遠近によって(97)され、統合された世界。(略)それは単なる「きれいな絵」などではなく、新しい世界観の設計図なのである。(略)ハートと(86)だけで芸術創作を試みるなど、物理学的知識もなしに建築設計をしようとするに等しい。そんな建物はあっという間に(98)してしまうだろう。
同じく近代科学もまた、(略)(99)は、単なる「発見」というより、啓示とか★(100)とか(略)(101)が雷に打たれたように別世界を視るのにも似た経験だったはずだ。(略)っ彼らにはきっと(略)画家の心の中に「像」が浮かぶのと同じようにして、まったく新しい「世界の像」が視えていた。
アインシュタインは(略)★(102)を見て、これが相対性理論の出発点になったと言われる。(略)これは芸術家における霊感の一瞬ときわめて近い経験であったと想像される。
「★8文字(103)、★8文字(104)。」(略)科学を欠いたハートだけの芸術は主観的なたわごとの類に終始[し](略)(86)と(100)を欠いた科学はただのテクノロジーであり、それは日々の生活の(105)を向上させてくれはするだろうが、世界観の(99)には至るまい。
「別の世界を視る/見せる」という意味で、芸術と科学はかつての★(106)師(略)たちの双子の(107)である。今では「科学」と称されているもの[は](略)親権や王権と深く結びついた「(106)」であった。(略)(106)もとい芸術/科学を持たなかった古代文明など(108)だろう。
解説
・既成概念
→芸術は(86)=(90)的、科学は(87)=(91)的という(89)、両社は(87)
・筆者の主張
→芸術:科学的認識と結びついて、大傑作が創作される。(例.ダヴィンチ『最後の晩餐』:(95)をもとにした新しい世界観の設計図)
化学:(87)や(100)によって、(99)が起こる。(例.アインシュタイン"相対性理論":(102),(100)を出発点として見えた新しい世界の像
→芸術・科学は、「別世界を視る・見せる(=新しい世界を切り開く)」過程において、たがいに似た経験を持つ。だからこそ、「(103)、(104)。」
本文(P.114.3~116.2)
しかるに近代市民社会は(略)芸術/科学を、一生懸命★(109)してきたと言えるだろう。(略)[科学は]「社会をよりよくしていく」という国家プロジェクトに(110)する立派なツールでなくてはならず、そこには誰もが平等にアクセスできて、原理的には誰もが理解可能で、誰がやっても同じ結果になるという(111)性を(112)することが、その(113)命題である。(略)
科学を(109)するためのツールが(略)「★(114)」という名の呪文であったとすれば、芸術から魔術性を剥奪するためのキーワードは「★(115)」である。つまり(略)労働意欲の「最充填」のことだ[。](略)
「(116)としての芸術」といった発想も、この「娯楽としての芸術」の一変種であって、芸術を「お勉強」の対象とすることでもって、その魔術性を奪い(117)化する方策であったと言える。
しからば「魔術を手なずける近代のプロジェクト」ははたして成功したかと問えば、もちろん答えは否である。(略)科学は世界を一瞬で滅ぼす爆発の呪文[や](略)AIという名の(118)の開発に(略)邁進している。(略)音楽や映画は、単なる娯楽のフリをしながら、世界中の人々を洗脳し続け、ときに戦争に向かって駆り立ててきた。芸術は世界観の刷り込みである。(119)のハリウッド映画やホップスは、ほどんど世界規模の洗脳装置といいたくなるほどだ。かつてとまったく変わることなく、芸術も科学も魔術であり続けているのである。
解説
・「誰もが平等にアクセスできて、原理的には誰もが理解可能で、誰がやっても同じ結果になる」という説明に合致する単語を抜き出せ。
→(114)
・近代市民社会において、科学や芸術は不透明性(=魔術性)からどのように脱却を図ったか。また、それは成功したか。
→芸術は日々の労働意欲を補給するための道具や教養としての(115)を、科学は社会を改善するための一般に開けた道具としての(114)を主張することで、(109)を図った。しかし現代でも、両者はこれまでの世界の在り方を変え続け、一般の人にはなしえない技術のまま、人々に別世界を見せる魔術であり続けている。
愛するということ
本文(第1章)
愛は技術だろうか。もし技術だとしたら、知力と努力が必要だ。それとも、愛は快感の一種なのだろうか。つまり、それを経験できるかどうかは運の問題で、運がよければそこに「落ちる」ようなものだろうか。(略)現代人の多くは疑いなく後者の方を信じている。
人々が愛を軽く見ているというわけではない。(略)にもかかわらず、「愛について学ばなければならないことがある」と考えている人はほとんどいない。
この奇妙な思い込みは、いくつかの前提に立っている。(略)
第一に、たいていの人は愛の問題を、(120)という問題、つまり愛する能力の問題としてではなく、(121)という問題としてとらえている。つまり、人々にとって重要なのは、どうすれば(121)か、どうすれば(121)人間になるか、ということだ。この目的を達成するために、人々が用いる方法は(略)社会的に成功し、「多くの友人を得て、人々に影響をおよぼす」人間になる[、すなわち](略)人気があることとセックスアピールがあることをあわせたようなものである。
第二の前提は、愛の問題とはすなわち(122)の問題で会って(123)の問題でない、という思い込みである。(略)(120)ことは簡単だが、(120)にふさわしい相手、あるいはその人に愛されたいと思えるような相手を見つけるのはむずかしい、と。
【本題と離れた説明の部分】 このような考え方には、現代社会の発展と関連したいくつかの理由がある。 そのひとつは、(略)「結婚へと進展し得る自発的で個人的な体験」[としての](略)自由な愛という新しい概念[である。] (略)傾向がもうひとつある。(略)社会は、購買欲と、たがいに好都合な交換という考え方の上に立っている。(略)そして誰もがそれと同じような目で人間を見ている。(略)だから「お買い得品」を探す。(略)[人間の]市場で手に入る最良の商品をみつけたと思ったときに、恋に落ちる。 |
第三の誤りは、(124)に「落ちる」という最初の体験と、愛している、あるいはもっとうまく表現すれば、愛する人とともに生きるという持続的な状態とを、混同していることである。(略)ふいに親しくなるというこの奇跡[から生じた](略)親密さから奇跡めいたところがなくなり、やがて反感、失望、(125)が最初の興奮のなごりを消し去ってしまう。しかし(略)形:「~った」(126)状態を、愛の強さの証拠だと思い込む。
(略)愛の失敗を克服する適切な方法はひとつしかない。失敗の原因を調べ、そこからすすんで愛の意味を学ぶことである。
そのための第一歩は(略)7文字(127)と知ることである。(略)
技術を習得する過程は、(128)に二つの部分に分けることができる。ひとつは理論に精通すること。いまひとつはその★(129)に励むことである。(略)理論的(130)の集積と(131)の結果がひとつに融合し(略)得られるようになった(略)直感こそが、あらゆる技術の習得の本質である。
しかし、★(132)と(129)のほかに、どんな技術を身につける際にも必要な第三の要素がある。それは、その技術を習得することが自分にとって究極の関心事でなくてはならない、ということである。(略)
人々はこんな風に考えているーー(略)愛は心にしか利益を与えてくれず、(略)われわれはこんな贅沢品にエネルギーを注ぐことはできない、と。
読解
「愛について学ぶべきものは何もない」という思い込みの原因はなにか。
→①愛の問題を(120)という問題としてではなく、(121)問題としてとらえている
②愛の問題とは、(122)の問題であって(123)9の問題ではない、と考えている
③奇跡的な瞬間である(124)の体験と、愛する人とともに生きるという持続的な(133)の状態とを混同している
⇒主題「(127)」=愛は自然に湧いてくる感情ではなく、学び、練習し、苦労して身につける技術である。
⇒そのためには(132)と(129)、具体的には(130)と(131)が必要。
本文(第二章1)
愛は★(134)的な(135)であり、(136)的な(137)ではない。(略)愛はなによりも★(138)ことであり、(139)ことではない
与えるというまさにその行為を通じて、私は自分の持てる力と豊かさを実感する。与えるという行為が、自分の生命力の表現[であり、](略)たくさん与えられる人が豊かなのだ。
与えるという行為のもっとも重要な部分は、(略)何を与えるのか。それは自分自身、自分の一番大切な物、自分の生命だ。(略)自分の喜び、興味、理解、知識、ユーモア、悲しみなど、自分の中に★8文字(140)すべてを与えるのだ。
(略)★8文字、「」なし(141)がこのうえない喜びなのだ。だが、与えることによって、(略)他人の中に何かが生まれ、その生まれたものは自分に跳ね返ってくる。(略)与えた事は、他人をも与える者にする。(略)愛とは5文字(142)であり、愛せなければ愛を生むことは出来ない。
「(略)自分の愛が愛を生まないようなものだったら、また、愛する者としての生の(143)によっても、愛される人間にならなかったとしたら、その愛は無力であり不幸である」
(略)与えることがすなわち(144)ことだ(略)
(略)与えるという意味で人を愛せるかどうかは、その人の人格がどれくらい発達しているかによる。愛するためには、人格が生産的な段階に達していなければならない。(略)
愛の能動的な性質を示しているのは、与えるという要素だけではな[く、](略)必ず共通する基本的要素がいくつか見られる[。](略)その要素とは、(145)、(146)、(147)、(148)である。
読解
・単語
(149):道徳にかなった立派な行い。
(150):行動や判断の基準となる模範。
(151):いじけて、必要以上に自分をいやしめること。気力がなく品性が卑劣であること。
(152):万能感。特別な能力と他に対する優越性があるという幻想。
本文(第二章2)
(略)成長に伴って、子どもは事物をあるがままに知覚でき(略)それらをどう扱えばいいかを知る。(略)これらすべての経験が統合されて、私は愛されているという経験へと結晶する。(略)母親に愛されるというこの経験は★(153)的だ。(略)★母の愛は(154)だ。(略)母の愛は(155)であり、平安であり、わざわざ苦労して獲得する必要もな[い。](略)
(略)十歳くらいの年齢に達するまで、子どもにとって大事なことは(略)★13文字(156)ことだけだ。(略)だが、(略)子どもは母親に何かを贈ること(略)を思いつく。生まれてはじめて、愛という観念が、愛されることから愛することへ、愛を生み出すことへと変わる。もっとも、こうして★(157)た愛が成熟するにはまだ長い年月がかかる。
思春期に差し掛かると、こどもは(158)を克服する。(略)他人の欲求[が](略)自分の欲求よりも大事になる。(略)(159)よりも(160)方が、より満足のいく、より喜ばしいことになる。愛することで、子どもは、(161)と(157)によって築かれた孤独と隔離の独房から抜け出す。(略)愛されることを通じて、★8文字(162)を自分の中に感じる。
幼稚な愛は「★(163)ているから★(164)」という原則に従う。成熟した愛は「(164)から(163)る」という原則に従う。未成熟な愛は「★6文字(165)だから、★5文字、文章に当てはまる形で(166)する」と言い、成熟した愛は「(166)しているから、(165)だ」という。
読解
・愛の成長過程
事物を区別できるころ (≒物心がつく) | ・「母親に愛される」という経験 ⇒(153)的で(154)な愛を享受する |
10歳前後まで | ・(156)ことが最も重要 ・未成熟だが、愛が(157)はじめる |
思春期以降 | ・(158)を克服 ・(159)よりも(160)方が、より満足の行く、喜ばしいことになる ・愛することを通じて、(162)を自分の中に感じる |
・幼稚な愛と成熟した愛
幼稚な愛 | 成熟した愛 |
「(163)ているから(164)」 「(165)だから、(166)する」 依存的で、相手に支えを求め、自分を満たすための愛 | 「(164)から(163)る」 「(166)しているから、(165)だ」 自立した人同士が、互いの存在を尊重しあう愛 |
本文(第二章3)
愛とは、特定の人間にたいする関係ではない。愛のひとつの「対象」にたいしてではなく、(167)にたいして人がどうひらがな(168)かを決定する(169)であり、6文字(170)のことである。もしひとりの他人だけしか愛さ[ない](略)としたら、それは愛ではなく、★(171)愛着、あるいは(172)が拡大されたものにすぎない。
ところがほとんどの人は、(略)(173)をみつけさえすれば後はひとりでにうまくいくと信じているのだ。
(略)自信をもって「あなたを愛している」と言えるなら、「あなたを通して、★5文字(174)を、★(175)を、★(176)を愛している」と言えるはずだ。
読解
愛が成立するかしないかは、(173)が見つかるかどうかではなく、自身に★(177)(愛を★(178))能力があるかどうかである。=第一章「第一、第二の誤解」と合致
賢者の贈り物
・明日はクリスマスなのに、ジムにプレゼントを買うお金はたったの一ドル八セント。
・どんな素敵なものをプレゼントしようかと計画を練った時間は、彼女にとってとても幸せなものでした。何か、素晴らしくて、貴重で、品があって、ジムが持つのにふさわしいものを贈りたかったのです。
・ジェームズ・デリンガム・ヤング家には、大いに誇れる持ち物が二つありましました。一つは、ジムの金の4文字(179)。(略)もう一つは、デラの3文字(180)でした。
・「私の(180の一部)を、買ってもらえますか」(略)「二十ドル」(略)「すぐに下さい」
・ついにデラは見つけました。それは、プラチナの6文字(181)でした。デザインはシンプルで精錬されていて、見せかけの装飾などなく、もの自体に価値があることがはっきり分かりました。(略)これはジムのためのものでなければいけない、と確信したのでした。
・中に入ったジムは、そこで立ち止まりました。(略)その眼はデラには読み取れない表情をしていたので、デラは怖くなりました。
・「プレゼントなしでクリスマスを過ごすなんてできないから。(略)『メリークリスマス』って言って。ジム、楽しく過ごそう?」
・「デラ、勘違いしないで。(略)そんなことでぼくのデラを嫌いになんかならない。」
・(ジムのプレゼントの)中身は「(123の一部)」でした。頭の横と後ろから髪に挿せる4文字(182)のセットで、デラはそれを(略)ずっと憧れていたのです。(略)売ってしまった美しい髪に挿すにはぴったりの色合いでした。
・「ジム、私の髪は、すごく早く伸びるの!」
・デラは手を広げて、ジムにそれ[(181)]を差し出しました。
・「ねえ、デラ」「クリスマス・プレゼントは、しばらくしまっておこうよ、いますぐ使うにはもったいない。時計は売っちゃったんだ、くしを買うためにね。」
・贈り物をするあらゆる人たちの中で、この二人は、もっとも★(183)二人なのです。贈り物を挙げたり貰ったりする皆さん!この二人のような人間こそが、もっとも(184)な人たちなのです。世界中のどこだって同じです。彼らは★(185)なのです。
読解
・物語構成:
デラ:(180)を売り、(181)を買う
ジム:(179)を売り、髪に挿す(182)を買う
⇒デラが(180)に(182)を挿して喜ぶ姿をみたかったから
ジムが(179)に(181)をつけて喜ぶ姿をみたかったから
⇒二人は大切にしていたものを失い、互いのための贈り物も使えなくなった
=「秘密にした善意が、結果的に裏目となる」、カナ6字(186)な結末
・この物語の”感動”の正体:★(187)と★(188)
互いの思い合う(187)が読者に伝わる様子:
★(189)(互いのほしいものを理解していている)
★(190)(そのために自分の大切なものを手放す)
読者が(187)と感じる理由:
読者の視点=デラの視点=(デラと同じように)ジムの喜ぶ姿を望んでいた読者
→贈り物が使えなくなる「裏切り」、単純なハッピーエンドとはならない
・主題
①二人は自分たちの行動を後悔しているか?
⇒二人は失ったものを後悔せず、相手をがっかりしないように思いやっている
[デラ] ジム、私の髪は、すごく早く伸びるの!
[ジム] クリスマス・プレゼントは、しばらくしまっておこうよ、いますぐ使うにはもったいない。
②語り手は二人の行動をどのように評価している?
→大事なものは(191)ではなく、(192)である
「この二人は、もっとも(183)二人なのです。」「彼らは(185)なのです」
⇒主題:本当の★(193)(価値あるもの/賢い行い)とは何か?
→「(194)的(193)よりも(195)的(193)が大切」と結論
あるメキシコの漁師の話
読解
アイロニカルな結末:ビジネスマンが夢見る「引退後の理想の生活・人間関係」は、漁師がすでに日常として実現している
| 時間に対する価値観 | お金に対する価値観 | 他者とのかかわりに対する価値観 |
漁師 | 今を楽しむ | 生活を送るための手段 生計が立てば十分 | 人生の目標の一つ 家族・友人など、身近な人とともに生きる時間を重視 |
ビジネスマン | 将来に備える | 成長による成功の結果 多ければ多いほどよい | 経済的利益を得るための手段 社会的な人間関係を重視 |
語彙・文意総復習
人物は文章に登場したものは全て載せていますが、【人物/補足】となっているものは空欄になっていないため、覚えくてもよいでしょう。
神経美学
(196):他のものをまねること。似せること。
(197):象徴。表象。記号。目や耳などで直接知覚できない何かを、何らかの類似によって具象化したものをいう。
(198):現実感。真実性。迫真性。
(199):紫外線。スペクトルが可視光線の紫部より短い波長側にある光線。
(200):人間の耳には音として感じられないほど周波数が高い音波。
(201):知覚できる最小の範囲。
(202):創作・思考の過程で瞬間的に浮かぶ考え。ひらめき。霊感。
(203):【人物】18世紀イギリスの画家。光と大気の表現に基づく、煙るような空間構成の風景画を創作。印象派に大きな影響を与えた。
(204)・(205):【人物】イギリスの詩人・劇作家・小説家。世紀末唯美主義文学の代表的作家で、芸術至上主義を唱えた。
(206)・(207):【人物】ドイツの哲学者。新カント学派の一派であるマールブルク学派に属し、認識論・認識論史の研究から象徴形式の研究に傾注した。
(208):【人物】フランスの画家。印象派として活躍したが、のち、色面によって空間を構築する独自の様式を確立し、キュビスムをはじめとする20世紀絵画に多大な影響をもたらした。
(209)・(210):【人物】オランダの画家。新造形主義を提唱し、水平線と垂直線、三原色と無彩色により画面を構成した。
(211):霞や霧などがたちこめたり、たなびいたりする。あたりがぼんやりとかすむ。けむる。
(212):道路・広場など露天に簡単な店をはり、客と現金で取引をする店。
(213):一般に、物事の筋道、背景。また、心理学で、刺激や現象の知覚・認知や記憶などに影響をあたえうる、空間的・時間的な要素を含んだ周辺的情報。
(214):英国ロンドンの路上や地下鉄で通行人に歌や演奏を披露してチップを稼ぐ大道芸人。
(215):世にもまれなこと。非常に珍しい、驚嘆すべきこと。また、そのさま。
(216):フランス・ブルゴーニュ地方で作られる最高峰の赤ワイン。
(217)・(218):【人物/補足】19世紀フランスの画家。光の変化や時間帯による色彩の移ろいを捉えることを主眼とした、印象派を代表する人物。
(219)・(220):【人物/補足】アメリカ出身の現代を代表するヴァイオリニスト。卓越した技巧と叙情性を兼ね備えた演奏で知られる。
(221):際立ってめにつくさま。誰の目にも明らかなほどはっきりあらわれているさま。
(222):行き詰江ってどうにもならなくなる。困り切る。「返答にー」
(223):特性。絵画や彫刻などで、神の人物や役目・資格などを表す(197)。
(224):物事の趣が奥深くはかりしれないこと。また、そのさま。
(225):ものが実態を備え、固有の形体を持っていること。
(226):(221)なさま。目立つさま。
(227):ある意味を、直接にはあらわさず、別の物事に託して表すこと。
(228):はかりごと。手段。方策。
(229):物事をありのままに描写すること。
(230):二つの相反する事柄の板挟みになること。
(231):ある状態に変化した事物が、再び元の状態に戻れないこと。取り返しがつかないこと。
(232):かたくて、こわれにくいこと。
(233)・(234):【人物/補足】20世紀美術を代表する画家・彫刻家。キュビスムの創始を通じて対象の見方そのものを根本的に刷新した。
(235)・(236):【人物/補足】20世紀音楽を代表する作曲家。《春の祭典》に象徴される革新的なリズムと様式の転換を通じて、近代以降の音楽観を根底から揺さぶった。
(237):【人物/補足】近代日本の洋画家。 月や蝋燭などを主題に、徹底した写実と静謐な構成によって、対象そのものの存在感を極限まで掘り下げた。
芸術も科学も「別世界」を見せる
(238):互いの主張や立場が相反していて両立しない
(239):論理学で、概念を互いに矛盾する二つの下位概念に区分すること。二項対立。
(240):意識の中に二つ斧物事が重なり合って生じること。
(241):本文では、考え方が単純であること。
(242)・(243):【人名/補足】ルネサンス期を代表する芸術家・科学者。 絵画・解剖学・工学などにおいて観察と実験を徹底し、自然の構造を総合的に探究した。
(244):左右対称。
(245):人々や情報を段階に分けて整理すること。
(246):一部の河原の崩れ落ちることが屋根全体に及ぶように、ある一部の乱れ・破れ目が比呂がり組織全体が壊れること。
(247):【人物/補足】フランスの哲学者・数学者。方法的懐疑によって確実な認識の基礎を問い直し、理性を中心とする思考の枠組みを確立した。
(248):【人物/補足】イングランドの数学者・物理学者。微積分学の創始、運動の法則と万有引力の法則の定式化を通じて、近代自然科学の基礎を確立した。
(249):【人物/補足】イタリアの天文学者・物理学者。望遠鏡による天体観測と実験的手法を通じて自然を数学的法則として捉え、近代科学の成立を決定づけた。
(250):【人物/補足】ドイツ生まれの理論物理学者。特殊相対性理論および一般相対性理論を構築し、時間・空間・重力の理解を根本から刷新した。
(251):進歩。大発見。ここでは、それまで障害となっていた事象を突破すること。
(252):神の意志を伝達、解釈し、神と人を仲介する者。
(253):便利であること。また、便利さの程度。
(254):末の血統。子孫。
(255):まったく存在しないこと。全然ないこと。また、そのさま。
(256):私心をすてて国家・社会や他人のために献身的に働くこと。自己を捨てて尽くすこと。
(257):保証すること。
(258):この上もないこと。また、そのさま。最上。最高。
(259):はぎ取ってうばうこと。力ずくで取り上げること。
(260):かけているところやすいているところに、ものを詰めて塞ぐこと。
(261):学問、知識などによってやしなわれた品位。教育・勉学などによって蓄えられた能力・知識。分解関する広い知識。
(262):人や動物に対して害がないこと。転じて、他に何の影響も及ばさないような、平凡でとりえのない人。
(263):他人の手先になって思いのままに使われるもの。
(264):数量の多いさま。たくさん。多く。程度のはなはだしいさま。非常に。はなはだしく。
愛は技術である
(265):物事に飽きていやになること。心身が疲れてだるいこと。
(266):興奮して錯乱すること。
(267):その場の都合がよいようにとりあえず物事を処理するさま。間に合わせ。
(268):よく練習すること。よく物事になれること。
(269):道徳にかなった立派な行い。
(270):行動や判断の基準となる模範。
(271):いじけて、必要以上に自分をいやしめること。気力がなく品性が卑劣であること。
(272):【人物/補足】ドイツの思想家・経済学者。資本主義社会を歴史的・構造的に分析し、階級闘争と生産関係の理論によって近代社会批判の基礎を与えた。
(273):心の中にあるものが外にあらわれでること。また、あらわしだすこと。
(274):万能感。特別な能力と他に対する優越性があるという幻想。
(275):互いに行動的あるいは生理的に密接な結びつきを保ち、利害をともにしているさま。
(276):この上もない幸せ。きわめて幸せなこと。
(277):自己本位に考え、他人のことをかえりみない考え方や行動の方針。
(278):アギリシア神話の美少年に因む造語。自己愛。自己陶酔症。
(279):受刑者または容疑者などを、一人だけ孤立して拘束する監房。
出題内容
- 問1: 「____以前に、ロンドンに霧はなかった」
- 問2: これは作家____・____の言葉です。(1)とは、18、19世紀の英国の風景画家、ジョセフ・マロウド・ウィリアム・(1)のこと。(略)その中でもっとも有名なものは、霧深いロンドンやイギリスの情景を描いた風景画でしょう。(略)
- 問3: それではなぜ(2)・(3)は、ロンドンに霧はなかったなど言ったのでしょう?これは、実は★____の役割について語った言葉なのです。(3)はこう言います。「(4)は★____を★____しない、(5)が(4)を(6)する」。どういうことかというと、(4)というものは、現実に存在しているものをただ写し取るような行為ではなく、逆に、その作品に出合ったあとに初めて、そのものが実際どのようなものであったかを感じ取れるようになる、ということです。(略)つまり、冒頭の言葉が意味することは、(1)の風景画に描かれた霧を見た事から、当時のロンドンの人たちはようやく____に気がつくことができたのだ、ということになります。
- 問4: 哲学者の____・____も似たようなことを記しています。「ほかのすべての★____の形式と同じように、芸術はただ、____の、与えられた★____の____ではない。芸術は____、そして____に関する____的な____を得られるひとつの方法なのだ。それは(6)などではなく、(12)自体の____である」。(5)の単なる(6)ではなく、それを豊かな(10)として表現することで、(12)をより豊かに____させてくれる、それが芸術本来の役割の一つなのです。
- 問5: →(5)を単に(6)することではなく、(5)を★____的に表現することで、人々に(12)をより豊かに(19)させること。
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