589年に南朝の陳を滅ぼし、中国を統一した隋の初代皇帝は(1)である。
隋の第2代皇帝で、大規模な運河建設を進めた人物は(2)である。
隋の初代皇帝が中国を統一した年は(3)である。
隋・唐の中央政府に置かれた最高機関は、(4)とよばれる。
三省のうち、皇帝の命令の草案を作成する機関は(5)である。
三省のうち、皇帝の命令を審議する機関は(6)である。
三省のうち、行政を担当する機関は(7)である。
尚書省に付属する吏・戸・礼・兵・刑・工の六つの行政機関は、総称して(8)とよばれる。
隋田制と表裏一体をなす税制は(9)である。
西魏に始まり、唐代にも実施された兵農一致の戸籍兵制は(10)である。
唐が周辺の諸民族に自治法を認めた政策は、(11)とよばれる。
唐代の成立や政治に関する事項を、その年の名称から答えさせる形式を、教材では(12)を用いた問いとして扱っている。
隋・唐の政治制度を考える際に、隋へつながる政治制度の流れをさかのぼって確認する対象は(13)である。
ネストリウス派キリスト教の中国名は(14)である。
ソロアスター教の中国名は(15)である。
ヴァルダナ朝時代のインドへ陸路で赴き、ナーランダー僧院で仏教を研究した唐の僧は(16)である。
玄奘が残した旅行記は(17)である。
玄奘と同じくインドへ赴いたが、海路を利用した唐の僧侶は(18)である。
唐初に太宗に仕え、『五経正義』を編纂した儒学者は(19)である。
杜甫と並ぶ唐詩の最高峰で、「詩仙」と称された盛唐期の詩人は(20)である。