世界の各地域が本格的につながり始めるのは、(1)世紀の終わりごろからである。
イタリアの商人で『東方見聞録』を著した人物は(2)である。
マルコ=ポーロが著した書物は(3)である。
ヨーロッパ人は「他の地域」に対して、(4)と(5)を抱いていた。
インド産の(6)は肉の調味料や防腐剤として用いられ、ヨーロッパで高い人気を得た。
海路で直接アジアと取引することで、(7)の仲介を避けようとした。
ヨーロッパ人の中には海外へ(8)という目的をもつ者もいた。
1549年に来日したイエズス会宣教師は(9)である。
海上で方角を知るために用いられた道具は(10)である。
世界の果てに行くと落ちるという考えを否定する学説は(11)である。
オリエント統一やイスラーム帝国の形成などが見られた地域は(12)である。
オスマン帝国で国民統合の柱となった宗教は(13)である。
中東世界はしばしば(14)と衝突し、対立関係にあった。
インド北部にそびえる大山脈は(15)山脈である。
インド社会で身分階層を形成した制度は(16)である。
インドで多くの神々や儀式を取り入れて成立した宗教は(17)である。
アッサム地方で栽培される特産品は(18)である。
デカン高原で多く栽培され、世界史に影響を与えた作物は(19)である。
中国北部を流れ、「黄砂」の語源ともなる大河は(20)である。
中国南部を流れ、アジア最長の大河は(21)である。
広大な領土と人口を統治するため、中国では一人の人物に強大な(22)が集中することが多かった。
中国で国家の安定や衰退に大きな影響を与えた最高統治者は(23)である。
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