作者: あ
次の文章を読み、空欄に当てはまる最も適切な語句を答えなさい。
弥生時代は、紀元前4世紀ごろから紀元後3世紀ごろまで続いた時代である。この時代の最大の特徴は、(1)(水稲耕作)の本格的な開始である。稲作は主に大陸から伝わったとされ、その伝来経路として北部九州が重視されている。水田は水を引いて管理するかんがい(2)の技術を用いて営まれた。
稲作の広まりとともに、人々は食料を安定して生産できるようになり、各地にかんごうしゅうらく(3)が形成された。その代表例が佐賀県の(4)である。また、当時の住居は地面を掘り下げて柱を立てたたてあなじゅうきょ(5)が一般的であり、穀物を保管するためには高床式の(6)も建てられた。
弥生時代には金属器も使用されるようになった。中国大陸や朝鮮半島から伝わった(7)や(8)が広まり、青銅器では祭りに用いられたどうたく(9)や(10)、(11)などが知られている。一方、鉄器は主に農具や武器として利用され、生産力の向上に貢献した。
中国の歴史書には、当時の日本についての記録が残されている。『漢書』地理志には、倭人が百余国に分かれていたことが記されている。また、『(12)』には、57年に奴国の王が後漢に使いを送り、皇帝から(13)を授かったことが記されている。この金印には「(14)」の文字が刻まれている。
さらに3世紀ごろになると、邪馬台国の女王(15)が登場する。彼女は魏に使いを送り、「(16)」の称号と(17)などを与えられたことが『(18)』に記されている。邪馬台国の所在地については、(19)回答を選択北海道説東北説沖縄説畿内説や(20)回答を選択中部説九州説四国説関東説などの説があり、現在も論争が続いている。
弥生時代の社会では、稲作の広がりによって富の差が生まれ、身分の差も次第に明確になった。このような社会の変化は、やがて次の(21)時代へとつながっていく。
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