室町時代の社会②
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出題内容
- 問1: いたこともあって、大山崎離宮八幡宮の神人〔じにん〕は、10か国以上の国において荏胡麻などの買付けを保証され、それらを加工して京で販売し、利益を上げた。石清水八幡宮の神人も高級衣料品である練費〔ねりぬき〕を独占的に販売するなど、神人が座商人をしのぐ活躍をみせるようになった。地方でも市日の回数が増えてゆき、月に6回程度ひらかれる____がみられるようになり、活発な都商取引がおこなわれた。
- 問2: あげされる淀や敦賀・大津・坂本などには____がいて陸路での運搬にあたった。淀では鎌倉時代の末から魚市場がみられ、京都向けの卸売市場として栄えた。ここでは、瀬戸内産の塩が大量に取引され、専業の____も早くからみられた。兵庫・敦賀をはじめ、堺・桑名なども港湾都市として栄え、港には____が出入りして、間丸が中継間屋の役割をはたしていた。
- 問3: 京都近郊では____など女商人の進出がみられ、また連雀商人や振売といわれた行商人が各地で活躍した。都市では見世棚(点)をかまえる常設の店舗もみられるようになった。交通の発達と物資のさかんな運搬は、港や関所からの____などの関税収入の増加をもたらした。京都の出入り口をはじめ、琵琶湖や淀川の沿岸はとくに関所が多かった。遠隔地取引では為替(割符)の使用が一般化し、京都・奈良などでは____などの金融業者が目立った。
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