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回答 1件アメリカの外交姿勢と参戦決定
フランス革命以降、合衆国はヨーロッパ情勢への関与を抑える方針を続けていた。一方で、アメリカ大陸を自国の勢力圏とみなし、欧州諸国の介入を退ける姿勢もとっていた。第一次世界大戦が始まった当初も中立を維持していたが、1917年に参戦へと転じる。
フランス革命の発生以来、アメリカが基本方針としてとりつづけていた外交姿勢は(1)である。
ヨーロッパの情勢に対する不干涉を原則とする立場を示す語として最も適切なものはどれか。(2)
開戦当初のアメリカの立場として正しいものはどれか。(3)
当初、合衆国の指導者は自国が戦争当事国になるのではなく、紛争当事国間の調停を通じて和平を実現しようと構想していた。このとき想定されていた役割として最も適切なものはどれか。(4)
1917年4月に参戦決議が可決された。この決議を可決した主体は(5)である。
ドイツが指定航路以外の船舶を無警告で攻撃する作戦を開始したことが参戦の直接的契機となった。この作戦の名称は(6)である。
参戦を後押しした世論と出来事
1915年の客船撃沈や、1917年3月に報じられた対米政策に関する新聞報道は、国民の対独感情に影響を与えた。こうした出来事が重なり、参戦への環境が整えられていった。
1915年にアメリカ人を乗せた客船が撃沈され、反ドイツ感情が強まった。この客船の名称は(7)である。
1917年3月の新聞報道では、ドイツがある国に対し対米同盟への参加を求めたとされた。このとき連合国側に属していた国はどれか。(8)
客船撃沈事件(1915年)と1917年3月の報道が相次いだ結果として生じた国内の変化として最も適切なものはどれか。(9)
ドイツが指定する航路以外の船舶を無警告で攻撃するという方法は、通商を破壊する性格をもっていた。この説明に該当する作戦はどれか。(10)
次の各文について◯か✗か答えなさい。
- 1915年の客船撃沈事件は、アメリカ世論の対独感情を和らげる結果となった。(11)
- 1917年3月の新聞報道は、ドイツの対米政策に対する不信感を高めるきっかけとなった。(12)
- 無警告での船舶攻撃は、ドイツが強行した通商破壊作戦の一環であった。(13)
国際秩序構想と宣戦の理念
大戦のさなか、合衆国の大統領は従来のヨーロッパ国際政治のあり方を抜本的に改める必要があると考えた。参戦の理由は自国の利益に限定されず、より広い理念を掲げて説明された。
参戦当時のアメリカ大統領(1856~1924、民主党)は(14)である。
この大統領が掲げた参戦理由として、空欄に入る語の組合せとして正しいものはどれか。
「アメリカの参戦は、自国の利益のためではなく、(15)の理由を掲げた。」
「世界は民主主義のために安全にされねばなりません」との主張は、参戦目的をどのように位置づけたものか。最も適切なものはどれか。(16)
戦後の講和会議で強い発言力を確保するために参戦が必要だと考えるようになったという説明から読み取れる関係として最も適切なものはどれか。(17)
当初構想していた和平仲介から参戦へと方針が変化した背景として最も適切なものはどれか。(18)
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